小さな声というのは聴こえにくい。聴こうとしなければ無かったことにもできる。しかしこの声を聴くことはとても大切だ。少なくとも自分にとっては。
何かを獲得したい、勝ちたい、褒められたい、認められたい。勝ち組(今では時代遅れの死語かもしれないが)に入りたい。そんな気持ちは誰にでもあって、自分にもある。そしてある時期においては人生を前進させるために大切な気持ちだったりもする。
しかしいつしか、そればかりを追い求めることに意味を見いだせなくなってきた。「自分以外の人からどう見られるか」ばかり気にしてかっこつけている自分に気づいて、ほとほと嫌になったのだ。「逆にダサい」というやつである。もう、いい。自分が気にいる自分でありたい。そしてそんな風にして生きる自分と仲良くしてくれる人を大切にしていきたい。
今は、自分自身が好きなもの、大切にしたいこと、それらを守るために「勝ち組力」を使いたい。
守りたいのは自分の心の中のやわらかい部分。好きなもの、大切にしたいことといったごくごくパーソナルなもの。守るにはそれらが何なのか、の「小さな声」を聴いて、知る必要がある。今まで無視し続けてきたことについて知りたい。切実にそう思った。
ところでこの作品は、ウェイト・スミス版タロットカードの「星」やジョージ・フレデリック・ワッツの絵画「希望」に影響を受けている。
自分が今までやってきたがんばり、意地、見栄、正しさの塔が崩壊した後の静寂。ただただ崩壊したものを静かな水として流しているだけなのが私が現時点で解釈しているタロットの「星」。つまり何も得ない。これまでの自分を作り上げ守ってきたものが意味をなさなくなり、だから崩壊して、衝撃を受けたのちにきれいに流す。そうして純粋なものだけが残る。
ワッツの「希望」は、星の上に座る少女が、たった一本だけ残った竪琴の弦のかすかな音を耳を寄せて聴いている。少女はただ1人で、目は目隠しされていて、見えない。極限の状況の中でたった一本の弦の音を聴いているのだ。
どちらも自分自身との対話だと思う。孤独に、寂しさを紛らわせることなく向き合うことでしかできない。そうして心の中の小さな小さな声や、誰かが声にせずに発する声を聴く。
私自身もこれをつくるときはスケッチを描かず、自分とそして羊毛と「お話」しながらライブ感覚で制作を進めていった。最後の最後まで手に何を抱えるのかは全く決まっていなかったし、抱えると決めてもいなかった。いろいろなアイデアが漂ってきた中で、ちいさなうさぎがしっくりきた。人によっては親子に見えるだろう。あるいはインナーチャイルドだと感じる人もいるかもしれない。もっと他の解釈をする人もいるかもしれない。そういったことをあれこれと想像するのが喜びでもある。そしてわたしの小さな声を聴く旅は続いていく。
- 2022年制作(夢見るギニョール展)SOLD OUT:
- Size 5×9×13.5cm
Material メリノウール,エステル綿,カシミア