保育所に通っていた頃、お昼に脱脂粉乳がよく出ました。甘くて人肌で皮が張っていてどうにも美味しくないそれがなかなか飲めなくていたら、ある時先生に無理やり器を口に当てられて飲まされました。そのことは今でもはっきりと覚えています。当時のわたしはショックのあまりそれを頭の中で理解することができず、大人になってからようやく、苦しかった、嫌なことをされた、あれは怒っても良かったし泣けば良かったし親に言いつければ良かったのだと気づきました。いつでも理解が追いつかない、信じられないことが起こったら思考が止まりがちになるし、飲めなかった自分こそが悪いのではないか、とだけ思ってしまいます。これは思考のくせ毛で好きではない部分であり、大人になってもその性格はあまり変わらなくて嫌だなと思っていたので、ある時からなるべくすぐに頭をフル回転させて嫌いなものは嫌いだと素直に思うようにしています。自分の事情(脱脂粉乳が嫌い)も先生の事情(栄養のあるものを飲ませないといけない、嫌なものでも我慢して飲むことを覚えさせなくてはいけない←断固否定する、飲まないことにイライラした、プライベートで嫌なことがあったなど)も関係ない。すぐに言うのはなかなかできないことも多いし言い方を考えないといけないし、感情的な言葉は角だけが立つので、まずはせめて自分の心だけは自分に正直にいようと思っています。
別段嫌なことがあったわけでもないのですが、なにかにぶち当たった時、自責だけもよろしくないし自分以外のせいにするだけでもなくて自分が改善できることはないかと探してアップデートするのって大事だよなあ、と考えたのと、「やっぱ脱脂粉乳の件は腹が立つわ」(笑)とふと思い出したのでなんとなく。急に記憶の引き出しが開くことってままある。